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◆ 2009年12月13日 待降節第三週礼拝式

◎みことば
『すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。』                           
                                                    マタイ2:9、10

◎説教要旨 [福本行宏牧師]
テーマ:『別の道から帰って行った』
テキスト:マタイ2:1~12

Ⅰ、イエス・キリストに対する三つの反応。

①ヘロデの反応・・憎悪と敵意。
ヘロデは今生まれたばかりの幼子が、自分の生活、地位、権力、勢力を脅かすことを恐れたので、本能的に殺してしまおうとした。

②祭司長と律法学者の反応・・徹底した無関心。
彼らの教えを守っても、彼らの行状に倣ってはならない。
祭司長や律法学者は、神殿の儀式や律法の解釈に心奪われて、イエスの誕生などには何の注意も払わなかった。現代人の多くは自分のことや世俗のことに忙しすぎて、イエス・キリストには殆ど無関心である。

『すべて道行く人々よ、あなたがたはなんとも思わないのですか。』哀歌1/12
これは自分の醜い罪や傲慢、滅びや世界の終わり、神の愛や永遠の命のことなど、何とも思わないのですか、と訴えている言葉である。

③博士たちの反応・・賛美と礼拝。『星に導かれて来た博士たち』民数記24/17
イエス・キリストの足もとに最上の捧げものを捧げたいという願いを込めて、遙々遠い東の国からベツレヘムに来たのである。
彼らは今で言う天文学者であり、非常に有能な博士でしたから、旧約聖書の預言に精通していたし、救い主の誕生ことはよく知っていたと思われる。

①救い主はユダヤ人であり、異邦人ではない。
②救い主はユダ族から生まれる。
③救い主はダビデの家系から生まれる。
④救い主は処女から生まれる。
⑤救い主はダビデの町ベツレヘムに生まれる。

だからこそ、遠い国から遙々、贈り物を携えて星の光に導かれて救い主を礼拝するために来たのである。


Ⅱ、キリストへの捧げもの。

博士たちの捧げものは、救い主イエスにとって、まことに相応しいものであった。

①黄金・・王の王への贈り物。
イエス様は「王の中の王」として、お生まれになりましたが、世の中の王のように、力でねじ伏せるのではなく、愛によって支配したのである。
そしてそれは王座からではなく、十字架からの招きであった。
私たちはイエス・キリストが人生を支配して下さる王の王ですから、いつも心の王座にイエス様をお迎えすることができる。

②乳香・・祭司への贈り物。
香しい乳香は、神殿において礼拝と犠牲がささげられる時に用いられた。
祭司の務めは、人が神のもとへ行く道を開くこと。
祭司のラテン語は「ポンティフェクス」で、橋を架ける人という意味がある。
イエス様は「愛と平和」の懸け橋となって下さった。
新渡戸稲造は〝私は太平洋の懸け橋になりたい〟
イエス様は人間が神に近づく道を開かれた。
罪深い汚れ切った私たちが神の御前に出られるようにして下さった。ヨハネ14/6
私たちも愛と平和の架け橋になりたいですね。

③没薬・・死者への贈り物です。
没薬は死体に塗るもので、イエス様は死ぬためにこの世に来られた。十字架で死ぬために来られた。


Ⅲ、別の道から帰って行った博士たち。
幼子イエスを救い主として礼拝した後、博士たちはヘロデの処へは戻らなかった。
すなわち、
彼らはヘロデのもとへ戻ってはならない、との知らせを受けていた。
ヘロデへの道、それは死を意味する。神から離れてしまう滅びの道、堕落の道、教会から離れる道。
キリストの十字架によって罪を赦され、救われた私たちはヘロデの道を行かず、キリストと共に生きる新しい道を歩み続けるのである。

マルチン・ルターは言った、〝今あなたがあなたの心を繋ぎ、信頼を寄せているもの、それがほんとうのあなたの神なのである〟

私たちの帰る道とは永遠の命への道、ヘロデの道ではなく、天をめざす道です。ヨハネ14/1
キリストこそ、私たちが歩むべき道であり、キリストこそ、信ずべき真理であり、キリストこそ、持つべき永遠の命です。
キリスト以外の道に舞い戻る必要はありません。

日本イエス・キリスト教団
西宮聖愛教会
 
牧師 福本行宏

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