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◆ 2009年6月21日 主日感謝礼拝式

◎みことば
『死罪に当たる何の理由も見出せなかったのに、イエスを殺すことをピラトに強要したのです。こうして、イエスについて書いてあることを全部成し終えて後、イエスを十字架から取り降ろして墓の中に納めました。』                                        使徒の働き13章28、29節

◎説教要旨 [福本行宏牧師]
テーマ:『イエス・キリストを回顧する』
テキスト: 使徒の働き13:13~52

Ⅰ、朽ちるものと朽ちないもの。使徒13/33-37

『目に見えるものは、一時的であり、見えないものは、いつまでも続く。』Ⅱコリント4:18
この世の全てのものは皆、朽ち果ててしまう。
この言葉は滅亡する、堕落する、破産するという意味もある。しかし、私たちの人生が【砂上の楼閣】のような人生、液状化のような人生、土砂崩れのような人生であってはならない。
十字架で死なれたけれども、復活した確かなお方、朽ちなかった、崩れなかった、沈まなかったお方を人生の土台とするなら、あなたもわたしも朽ち果てることはない。家もその土台によって違って来る。

砂のようなものを人生の土台にしているか、岩のようなものを土台にしているかによって、随分違って来る。愛、祝福、命、平安の源であるキリストにあるなら、あなたも滅亡したり、堕落することはない。私たち罪人に、『わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。』イザヤ43:1と主は言われた。こんなにまでわたしたちを慈しんで下さる方に、どうして不義理をしたり、この方から離れることが出来だろうか。

主は言われる、『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』ヘブル13/5
あなたを置き去りにはしない、あなたを外したりはしない、放棄しない、怠ることはしない、こんなにまで私たちを愛して下さっているのですから。

Ⅱ、罪と自責の念からの解放。 使徒13/38-43

罪が示されて、自責の念に苦しむだけでは、わたしたちは救われないし、赦されてもいない。
或いは、修養、修業、座禅を組んだり、滝の水に打たれたり、石畳をお百度踏んでも、救いや赦し、自由の喜び、平安はない。罪の全き赦しが無ければ、これらの恵みは得られない。罪の赦しと自由の喜びは、死者の中から蘇ったイエスによる。

キリストによって、この確かな神の恵みに預かっているからこそ、7回倒れても、8回立ち上がることが出来る。『人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまには倒されはしない。主がその手を支えておられるからだ。』詩篇37/23-24

だから安心して、信頼して福音を宣べ伝えることが出来る。福音は信じるすべての人にとって救いを得させる神の力である。ローマ1/16

Ⅲ、神の恵みにとどまる。使徒13:42~44

安息日が私たちにとって、どんなに大切であり、どんなに大きな恵みの時であるか、特にクリスチャンになった兄弟姉妹達が、世の人に最も効果的にアッピール出来る、説得力のある宣教はまず、礼拝を重んじることと、祈祷を切実に重んじることである。イザヤ58:13、14

礼拝後に、兄弟姉妹達が集まって、名残惜しそうに二人を囲んで、楽しい祈りと交わりの時を持った。その時、パウロとバルナバは彼らに勧めた。神の恵みから漏れることのないように。教会から遠ざかることのないように。
礼拝を疎かにすることのないように。常に神を喜び、絶えず神に祈り、全てのことを神に感謝するように勧めた。Ⅰテサロニケ5:16、17、18

キリストの福音は地の果てまでも伝えられた。
しかし、サタンは妬みと憎しみに燃え上がって、ある時は人、物、出来事、思いなどを通して妨げて来る。しかし、クリスチャン達はそんなことで、怯んだり、縮こまってはいません。
彼らは不信仰、不従順の塵を払い落として、次の町へと福音宣伝のため向かって行った。
主の言葉は益々広まり、主の弟子達も益々、喜びと聖霊に満たされて行った。これは現代のクリスチャンの姿、キリスト教会の姿である。

この朝、自分の足の裏ならぬ、心のどこかに、生活のどこかに、こびり付いている古きものがもしあれば、潔(いさぎよ)く払い落として、新しい一歩を踏み出そうではないか。
日本イエス・キリスト教団
西宮聖愛教会
 
牧師 福本行宏

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