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◆ 2009年5月24日 特別伝道礼拝式

◎みことば
『そこで、彼は立ち去り、イエスが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、デカポリスの地方で言い広め始めた。人々はみな驚いた。』                         
                                                                           マルコ福音書5章20節

◎説教要旨 [薮野潤一牧師]
テーマ:『あなたを健やかにする方』
テキスト: マルコ 5:1~20

ゲラサ人の地方で悪霊にとりつかれて狂乱していたひとりの男がイエス様によってすこやかにされる出来事です。

Ⅰ、 悪霊につかれた男-滅びに向かっていた人

 この男は、興奮して暴れまわり、大声をあげ、衣服を身につけず、墓場を住まいとしていました。彼は理性を失っていました。
彼は自分の言葉と悪霊の言葉の区別がつかないくらいに悪霊のとりこになっていました(2節)。2000匹ほどの豚が悪霊が住むために必要であり、しかも本来自殺などしない豚が自殺を行ったことから、その悪霊の力が相当大きかったということがわかります。
悪霊のとりこになっているとき、自分が悪霊のとりこになっていることに気づきません。
イエス様に出会ってはじめて自分がどんなに恐ろしいもののとりこであったかに気づくのです。

Ⅱ、 イエス・キリスト-滅びの中から救い出す方

 イエス様はゲラサ人の地方、すなわち異邦人の地方で悪霊につかれた男を救おうとされました。ところが、この男はイエス様に助けを求めていません。彼は言います「いったい私に何をしようというのですか」と(7節)。
この原意は「あなたはあなた、わたしはわたし」だそうです。
つまり、「わたしは神様なしで生きて行くのだから、放っておいてほしい」ということです。ここに罪の姿があります。
神様なしでもやっていける。かつてこの男も神様の力を借りないで自分の力で生きて見せると言い放ったのでしょう。

しかし、いま自分自身を見失っています。
自分で自分を傷つけ、墓場でしか生きることができません。神様なしで生きることができると信じ込んでいる人間がどんなに恐ろしい力のとりこになっていることでしょう。
しかし、イエス様は神様なしで生きていけると言い放ち、かかわらないでほしいと言ったこの男を悪霊の支配から解放し、神様を敬い、神様に栄光を帰す者に変えられました。
信じて救われるというのは私たちの内において主権が交替することです。
これまでは悪霊に支配されていたのが、今では神様に支配されているという変化です。

そのとき、私たちはすこやかに生きることができるのです。
日本イエス・キリスト教団
西宮聖愛教会
 
牧師 福本行宏

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